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東京高等裁判所 昭和24年(新を)726号 判決

控訴人 被告人 塚原桂次郎

弁護人 倉田雅充

検察官 渡辺要関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における控訴費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人倉田雅充の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添付の書面の通りである。これに対し当裁判所は次の如く判断する。

第一点刑事訴訟法第三百三条は公判準備においてした証人その他の者の尋問、検証、押収及び捜索の結果を記載した書面並びに押収した物については裁判所は公判期日において証処書類又は証拠物としてこれを取り調べなければならないと規定し、而して証拠書類の取調手続については第三百五条、証拠物のそれについては第三百六条、また証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調については第三百七条においてそれぞれ規定している。即ち証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調は朗読と展示の双方の方式を必要としているのである。しかし証拠物の存在や状態が証拠となる場合には展示の必要があるが、その存在や状態が証拠とならない場合には展示の必要がない。従つて押収された物でも単に書面の意義だけが証拠となるものは証拠調手続の面からは証拠物と解すべきでない。これを証拠書類と解すべきである。同時に公判準備においてした証人その他の者の尋問、検証、押収及び捜索の結果を記載した書面以外の証拠でも書面の意義が証拠となるものは証拠書類としてその取調をするには朗読の方式によるものと解するのが相当である。裁判所又は裁判官の前で法令によつて作成された訴訟書類だけが証拠書類で、その他の書面はすべて証拠物たる書面と解する説もあるが合理的根拠に乏しい。裁判所又は裁判官の前で法令により作成された訴訟書類は文書の成立の真正であることは明白であるがその他の書面は成立の真正が明白でないということを両者区別の根拠とするのは相当でない。裁判所又は裁判官の前で法令により作成された訴訟書類が文書の成立の真正が明白であるならば検察官や司法警察官が法令により作成した書類も同じくその成立の真正が明白であるといわねばならない。故に取調に展示を必要とするかどうかは文書の成立の真正が明白であるかどうかによるのでなく、文書の存在又は状態が証拠となるかどうかによるべきである。これは個人の作成した書面についても同様である。また当該訴訟法について作成されたと否とは区別すべきでない。従つて刑事訴訟法第三百七条は証拠物たる書面がその意義が証拠となると同時に、その存在又は状態が証拠となる場合はこれを取調べるには朗読と展示の方式によるべきことを規定したものと解すべく、その存在や状態が証拠とならない場合には展示を要しないものと解するのが相当である。菊地フジの事実始末書、吉田ヤイの答申書その他所論書類は単に書面の意義が証拠となるだけで、その存在や状態が証拠となるものでないことは記録上明白であるからこれは証拠書類取調の方式によれば足りる。原審が、これが取調をなすに当りこれを展示しなかつたとしても、朗読の方式を履践したことが記録に徴し明白である上原判決がこれを罪証に供したのは適法で所論のような違法はない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第三百七十九条第三百八十一条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原審第一回公判調書に依れば検事は被告人に対する公訴事実立証の為めに、(一)送致決定書、(二)菊地フジの事実始末書、(三)吉田ヤイの答申書、(四)薄井テルの事実始末書、(五)大金正の被害届、(六)大金義三郎の事実始末書、(七)司法警察職員の現行犯人逮捕手続書、(八)菊池朝太の第一回供述調書、(九)船山寛一の答申書、(十)司法警察職員の実況見聞書の取調を請求し裁判長は被告人及び弁護人に対し右申請に係る書面を証拠とすることに同意するかどうかを問い且つ意見を求めたところ被告人及び弁護人より夫々同意する旨並に異議無き旨申述べたので裁判長は検事に対し右書面の朗読を求め、検事は「(一)乃至(十)の各書面を順次朗読して裁判長に提出し云々」とありて検事が右書面を順次朗読した事は明白であるが之を被告人に示したか否かは全く記載されて居ない。従つて之は示さなかつたものと解するの外はない。

思うに新刑事訴訟法第三百五条第三百六条及び第三百七条の趣旨よりすれば証拠書類とは起訴の前後を問わずその手続に関して裁判所又は裁判官の前で法令によつて作成された訴訟書類で証拠となるものをいうと解すべきで其の他の書面はすべて証拠物たる書面と解しなければならぬ(団藤重光著新刑事訴訟法要綱改訂版一五〇頁)捜査機関によつて作成された供述調書、弁解録取書等同様証拠物たる書面と解すべきものである。何故ならば証拠書類は文書の成立の真正であることが明白でその物理的存在自体は問題とならないから展示を必要とせず朗読だけで足りるのである。反之証拠物たる書面はその物理的な存在が重要だから展示を必要とし尚朗読せしめるのである。(唯右の如き文書を証拠物たる書類と解すると判決に於て没収を言渡さない場合には還付しなければならぬとの考えから之を証拠書類と解すべきであると主張する向もあるが刑法第十九条は個人の所有権の保護を目的とする規定であり既に所有権を抛棄したと看做される文書乃至個人の所有権の保護が問題とならない司法警察職員作成の供述録取書口供調書等に於ては還付の必要なく従つて此の故を以つて証拠書類と解すべき根拠ともならぬのであると解する)

従つて前記(一)乃至(十)の書面は何れも証拠物たる書面であつて証拠書類ではなく検事は新刑事訴訟法第三百七条によりこれを示し且つ朗読しなければならないものである。

然るに原審公判調書に依れば検事は右の書類を朗読したのみで示していないのは訴訟手続に法令の違反ありと謂うべく判決に影響を及ぼすこと瞭かであるから此の点原判決は当然破毀を免れないものと存ずる。

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